私が教えられなくなった後も、その人の人生に音楽が残るレッスンをしたい

    ピアノを教え続けて、30年以上になります。

    お盆休み中に振り返ってみると、本当にいろいろなことがありました。

    10年間はリトミック教室も主宰しました。

    ありがたいことに、行列のできるリトミック教室としてたくさんの方に通っていただきました。

    リトミック教室を含めると、0歳の赤ちゃんから80代の方まで、本当に幅広い世代の生徒さんと音楽を通して関わってきました。

    でも、順風満帆だったわけではありません。

    引っ越しをしたことで、生徒さんがガクンと1桁まで減った時期もありました。

    それでも、ご紹介で新しい生徒さんと出会い、その方がまた別の方をご紹介してくださる。

    そんなご縁がつながって、おかげさまで今も私はピアノを教えています。

    30年以上続けてこられたのは、間違いなく生徒さん達のおかげです。

    ふと、私がいなくなった後、生徒さん達に何が残るんだろう?と考えました。

    私は昔から、

    「コンクールで何人賞を取りました」

    ということには、あまり興味がありません。

    生徒さんが挑戦したい!と言って立派な賞をたくさん受賞しましたし、私自身も指導者賞をいただいた事もあります。

    それよりも、私が大切にしていることは、
    一つの音楽を、いろいろな角度から楽しむこと。

    作曲家のことを知る。

    時代背景を知る。

    音色を感じる。

    そこから何を感じたのか、自分自身に問いかける。

    「この音をどう弾きたい?」

    「この曲からどんな景色が見える?」

    生徒さんと考え方をシェアしながら、音楽を作っていきます。

    同じ曲を聴いているのに、感じ方が全然違って大笑いすることもあります。

    私のレッスンには、先生が持っている一つの正解を生徒さんにコピーしてもらう、という考えはありません。

    先生に、

    「ここはこう弾いて」

    「はい」

    「できました」

    「合格」

    と言われる方が、生徒さんにとっては楽でしょう。

    でも、それを続けていると、

    「正解は?」

    を探す音楽になってしまいます。

    先生がいなければ、自分で判断できない。
    そんな風に育てたくありません。
    私が生徒さんに残したいのは、正解ではなく引き出しです。

    こんな聴き方もある。

    こんな感じ方もある。

    こんな音の出し方もある。

    こう考えることもできる。

    その引き出しを一つずつ増やしていけば、いつか先生がいなくても、自分で音楽を楽しめるようになります。

    そしてこれは、ピアノだけの話ではないような気がしています。

    「私はどう感じている?」

    「私はどうしたい?」

    と、自分に問いかけること。

    誰かの正解ではなく、自分の答えを考えること。

    それは、その人の生き方にもつながっていくのではないでしょうか。

    30年以上教えてきて、ようやく自分が残したいものが少しずつ見えてきました。

    昔の生徒さんが今もどこかでピアノを弾いていて

    美しい和音で手を止め、

    「いい音だなぁ」

    と音を味わい

    いつかどこかで

    「ピアノ習ってよかったな」

    「先生に出会えてよかったな」

    と思い出してくれる。

    それで十分。

    むしろ、それがいい。

    時間を味方につけて、その人の感性の引き出しを育てる。

    それが、私のピアノ教育です。

    改めて新しい生徒さんをお迎えしたいと思うようになりました。

    生徒募集を再開します。

    上手に弾くことだけを目的にするのではなく、

    自分で感じること。

    自分で考えること。

    そして、一生音楽を楽しめること。

    そんなピアノとの付き合い方を一緒に育てていきたいと思っています。

    私が教えられなくなった後も、その人の人生に音楽が残るレッスンをしたい

    🎵興味ある方は、メッセージをくださいね。
    オンラインレッスンも受け付けています。